長崎地方裁判所 昭和43年(行ク)4号 決定 1968年8月23日
申立人 浦里勝
被申立人 佐世保公共職業安定所長
訴訟代理人 日浦人司 外四名
主文
本件申立を却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
理由
第一、申立の趣旨ならびに理由の要旨
一 申立人は、緊急失業対策法(以下、失対法という)第一〇条第二項所定の、被申立人の指定した就職促進の措置を受け終つた者とみなされ、引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしてきたので、失業者就労事業紹介適格者であり、被申立人も従来そのことを認めて、佐世保職業安定所における同事業紹介対象者(以下、紹介対象者という)として扱われてきたものである。
二 ところが、被申立人は申立人に対し、昭和四二年八月四日付佐職労第二六一号をもつて、申立人を紹介対象者から除外し、同日以降は申立人を失業者就労事業に紹介しない旨の通知をして来た。
しかして、右除外処分の理由とするところは、<1>昭和四二年七月二〇日佐世保市役所における暴行事件に関し、佐世保市失業対策事業(以下、失対事業という)運営管理規定に基づく、佐世保市長からの雇入れ拒否通告があつたこと、<2>同年七月における公共職業安定所への出頭日(出頭したとみなされる日を含む。以下同じ)が五日であるので、紹介対象者の要件を同年八月一日から失つたこと、の二つである。
三 しかし、右除外処分は、次の理由により、違法であるから取消されなければならない。
(一)、被申立人が除外理由として掲げるところのものは、不明確かつ事実に反するものであつて、それに、法律上の根拠を欠く評価を加え、申立人の紹介対象者たる地位を一方的に剥奪したのであるから、失対法第一〇条第二項の解釈適用を誤つた違法なものである。
(二)、さらに、被申立人が処分の根拠とするところの行政通達「失業者就労事業へ紹介する者の取扱要領」(昭和三八年一〇月一日付職発第七七七号労働省職業安定局長発各都道府県知事宛通達)も、また何ら法律上の根拠を有しない違法なものである。けだし、右通達は、失対法第一〇条の運用規準を示すものであるが、同法第一〇条第二項の解釈を誤つて発せられたもので、同条項に違反するものである。
(三)、また、本件除外処分は、全日本自由労働組合長崎県支部佐世保分会長たる申立人を失対紹介者から除外し、同組合を弱化する不法な目的をもつてなされた違法なものである。
四 ところで、申立人は、前記の如く就職促進の措置を受け終つたにもかかわらず、適当な就職先に恵まれず今日に至つている失業者であるのに、本件除外処分によつて、最後の就労の場である失対事業にすら紹介してもらうことができなくなり、そのため、自己およびその家族の生活維持に困窮をきたし、回復の困難な損害を蒙るおそれがあり、かつそれを避けるため緊急の必要がある。もつとも、
(一)、除外前六カ月間の、申立人の就労日数が若干少ないが、それは、同人が前記組合佐世保分会長として、組合活動をしていたためであり、右組合から組合活動中に就労したら当然得たであろう賃金相当額を保障されていた事情による。ところが、本件除外処分と共に申立人が紹介対象者であつたことを前提とする右保障はなくなつた。従つて、申立人は失業者就労事業への就労によつてその家計を維持していたものというべきである。
(二)、申立人の妻は、従来、日雇労務者として働いて若干収入を得ているが、病弱のためその収入は不安定であり、しかも、昭和四三年七月二三日からは、長女が蓄のう症等の手術のため病院に入院し、その付添のため働きに出られないことになる。
(三)、申立人は、本件除外処分後、全日本自由労働組合の犠牲者救援規則に基づく休業補償費として、組合本部から月額金一万五、六二〇円の救援資金を受けているが、右は同組合規則により、昭和四三年八月三日で打ち切られる予定である。
(四)、同年九月末頃、前記佐世保分会の役員改選が行なわれるが、現状のままでは、申立人が分会役員に再選されることは困難である。
(五)、申立人の世帯は佐世保市から生活保護を受けているが、その受給金は、申立人の収入認定額金一万六、〇〇〇円を控除され、右認定額の収入が現実になくても、控除額をその分だけ減らされるわけではなく、その事情を主張すれば、かえつて、労働能力の活用に欠けるとして一方的に生活保護を打切られることにもなりかねない実情である。
(六)、本件除外処分により直ちに通常の職業のあつせんが拒否されるわけではないが、求人の少ない折柄普通人でさえ就労困難であるのに、過去三回にわたりレツドパージを受けた申立人が、安定所へ赴き通常の職を求めるということは事実上不可能である。
五 申立人は、昭和四二年一一月三日、右除外処分の取消を求める行政訴訟を長崎地方裁判所に提起し、同訴訟は目下同庁に係属中であるが、申立人が右のような状態で本案判決の確定を待つていれば、生計を維持することができず、回復の困難な損害を生ずることは明らかであり、右の損害を避けるため緊急に右除外処分の効力を停止する必要がある。よつて、本案判決確定に至るまで右除外処分の効力を停止する旨の裁判を求める。
第二、被申立人の意見の要旨
一 本件除外は執行停止の対象とはならない。すなわち、本件除外は優越的な地位に基づく公権力の行使に当る行為でもないから抗告訴訟の対象たる「処分」にあたらず、しかも本件除外は申立人の現在の法律的地位に積極的効果を生ぜしめるものでなく、単に職業安定所が申立人を失対事業に紹介しないという消極的な効果を有するにすぎないものであつて、これに対する執行停止なるものは存在しえないものである。
二 申立人には、本件除外により回復困難な損害を避けるため緊急の必要はない。
(一)、収入を得られないことは、就労しないことによる損害であつて、本件除外による損害ではない。
(二)、かりに、それが除外による損害であるとしても、次の事情により、本件除外により申立人の日々の生活維持が困難となるとは言えない。
(1)、除外前六カ月間における申立人の就労日数は極めて少なく、平均して一カ月九時間、金額にして金五九六円にすぎず、申立人は失対事業の就労による収入でその生計を維持していた者とは認められない。
(2)、申立人の家族構成は、妻(三二才)、長女(一二才)、長男(六才)であり、妻は日雇労務者として一カ月平均一万五、〇〇〇円の収入を得ているほか、組合から申立人に対し、役員手当、救援資金として月金一万五、六〇〇円が継続的に支給されているうえ、申立人の世帯は昭和三八年一〇月以来生活保護を受給中であり、たとえ以上の収入が全くなくても、申立人の世帯は一カ月金二万八、五七〇円の生活保護受給金を受けられることになつている。
(3)、本件除外があつても、申立人が職業安定所へ出頭しさえすれば一般の日雇常傭への紹介を拒むわけではないから、それにより収入を得ることは可能である。
三 本件除外は何ら違法ではなく、本案について理由がない。
四 よつて、本件申立を却下する旨の裁判を求める。
第三、当裁判所の判断
一 当事者の提出した疎明資料および当庁昭和四二年(行ウ)第一一号行政処分取消請求事件の記録によると、被申立人は、従来申立人の申込みにより、申立人を失対事業への就労適格者いわゆる失対事業紹介対象者と認め、その紹介を行なつていたところ、昭和四二年八月四日付で申立人に対し、右紹介を拒否することになる「紹介対象者から除外する」旨の処分をなしたこと、ならびに、同年一一月四日、申立人が被申立人のなした右処分の違法性を主張して、同行政処分取消のための抗告訴訟を提起し、同事件は現に当裁判所で審理中であることが明らかである。
二 ところで、右除外処分は、申立人主張の点で違法でありその取消を免れないものであるか、または、いわゆる抗告訴訟の対象となる行政処分であるかの判断は、本案訴訟において慎重に審理、判断すべきものであるから暫くおくが、現段階においては申立人が前記抗告訴訟で主張するところが、行政事件訴訟法第二五条第三項の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するとは認められないし、また、本件除外は、従来失対事業への紹介適格者と認定されていたものを、不適格者と認定することによつて、従来申立人に与えられていた一定の利益、すなわち失対事業紹介者としての法律上の利益を剥奪するものであるから行政事件訴訟法第三条第二項の「公権力の行使に当る行為」に当るものとして、執行停止の対象となるものと認めるを相当とする。
三 しかし、行政処分の効力、執行等の停止は、行政事件訴訟法第二五条第二項により「処分の執行等により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要」がある場合に限つて許されるものである。
そこで申立人に、前記処分により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるか否かを判断するに、当事者提出の疎明資料によると、申立人が本件処分を受ける以前の昭和四二年二月から七月までの六カ月間において、佐世保市の失対事業に日雇労務者として就労したのは、合計で僅か二八日、就労延時間五四時間、同就労による収入総額は金三、五七九円に過ぎず、月にして平均六〇〇円にも満たない額であり、これを最高の月でみても、一カ月間に就労時間一八時間、収入にして金一、三四八円(三月に支給された市長見舞金三、八〇〇円を除く)を得ていたにすぎないこと(もつとも、申立人は、本件除外前失対事業への就労日数が少なかつたのは、申立人が組合活動に専念していたためであつて、その間失対事業に就労したら当然得たであろう賃金相当額の補償金を組合本部から得ていたものであり、本件除外処分によりその補償金を受けられなくなつた旨主張するが、右事実を認めるに足る疎明はない。)ならびに前記除外処分により申立人において失対事業に就労ができず、これにより右収入を失うことになつて、その結果その分だけ申立人およびその家族の生計に影響を及ぼすことになるが、後記事情に照らし考えれば右収入の減少もとるにたらないものであることが認められる。
すなわち、申立人は従来失対事業以外の日本共産党佐世保地区委員会への就労によつて収入を得ていたこと、および全日自労組合佐世保分会執行委員長として相当の役員給与を得ていること(全日自労規約一二六条、九三条)が一応認められ、更に、申立人の家族構成は妻(三二才)、長女(一二才)、長男(六才)の四人家族であり、妻浦里カズエは民間に日雇労務者として就労し、その賃金により月額金一万五、〇〇〇円程度の収入を得ており、この状態は今後も継続するものと考えられる(もつとも、申立人の長女(当一二年)が、昭和四三年七月二三日、蓄のう症の手術のため、武井耳鼻咽喉科病院へ入院したことが認められるが、妻が日雇労務の就労を休んでまで付添わなければならないとの疎明はなく、また仮にそうだとしても右のことは一時的な短期間のものであると認められる。)うえ、申立人の世帯は、昭和三八年一〇月以来現在に至るまで佐世保市から生活保護法による生活扶助金を受給中であり、かつ前記の如き収入が全くない場合でも、同市から月額金二万八、五七〇円の生活扶助金を受けうることになつていることが認められ、他に前記認定を覆すに足りる資料はない。
以上認定の各事実を総合して考えると、申立人が今すぐ失対事業に就労して、前記認定の如き僅か月額金一、三四八円足らずの収入を得るのでなければ申立人ら家族の生活維持に支障をきたし、回復しがたい損害を蒙むるおそれがあるとは認められない。
四 そうすれば、本件申立は結局理由がないから失当としてこれを却下することとし、本件申立費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 原政俊 池田憲義 武部吉昭)